ペリー提督日本遠征記 (下) (角川ソフィア文庫)
によって M・C・ペリー
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ペリー提督日本遠征記 (下) (角川ソフィア文庫) pdfダウンロード - 内容紹介 刻々と変化する世界情勢を背景に江戸を再訪したペリーと、出迎えた幕府の精鋭たち。緊迫した腹の探り合いが始まる--。 日米和親条約の締結、そして幕末日本の素顔や文化を活写した一次資料の決定版! 内容(「BOOK」データベースより) 1854年、第一回を上回る大部隊で再び江戸湾を訪れたペリー。白熱の議論を経て、ついに日米和親条約が結ばれる。蒸気機関車や電信機などの贈り物を前に、人々は好奇心を顕わにし、軍艦に乗りこむ者さえ現れた。その国民性を見て、ペリーは開国の成功を確信する―。約二年の遠征を通してペリー艦隊が捉えた当時の世界状況、幕末日本の外交政策や風俗文化の全貌が明らかになる。帰国の翌年に刊行、世界を驚嘆させた日本論! 著者について (1794-1858)マシュー・カルブレイス・ペリー。海軍一家に育ち、1809年海軍にはいる。ニューヨークの海軍工廠でアメリカ初の蒸気機関軍艦を建造し、「蒸気軍艦の父」と呼ばれる。アフリカ艦隊司令長官、メキシコ湾艦隊司令長官を歴任、メキシコ戦争で武勲をあげる。郵政長官の要職を経たのち東インド艦隊司令長官として日本遠征を指揮した。 1984年の創立以来、出版翻訳および業務翻訳、編集、デザイン、書籍やイベントのプロデュースなどを手がけている。1995年にUNITED STATES JAPAN EXPEDITI 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) ペリー,M.C. 1794‐1858。マシュー・カルブレイス・ペリー。海軍一家に育ち、1809年海軍にはいる。ニューヨークの海軍工廠でアメリカ初の蒸気機関軍艦を建造し、「蒸気軍艦の父」と呼ばれる。アフリカ艦隊司令長官、メキシコ湾艦隊司令長官を歴任、アメリカ・メキシコ戦争で武勲をあげる。郵政長官の要職を経たのち東インド艦隊司令長官として日本遠征を指揮した 宮崎/壽子 オフィス宮崎代表。1984年の創立以来、出版翻訳および業務翻訳、編集、デザイン、書籍やイベントのプロデュースなどを手がけている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを見る
ペリー提督日本遠征記 (下) (角川ソフィア文庫)の詳細
本のタイトル : ペリー提督日本遠征記 (下) (角川ソフィア文庫)
作者 : M・C・ペリー
ISBN-10 : 4044092133
発売日 : 2014/8/23
カテゴリ : 本
ファイル名 : ペリー提督日本遠征記-下-角川ソフィア文庫.pdf
ファイルサイズ : 29.89 (現在のサーバー速度は27.42 Mbpsです
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日本を開国させるべく、ペリーが1852年11月にアメリカを発ってから1855年1月に帰国するまでの2年2カ月間の記録です。その明晰な観察力と詳細な記述には圧倒されるものがあります。第19章、20章の条約締結交渉は手に汗握る緊迫感が伝わってきます。ペリーは任務完了時には体調を崩して引退したようですが、この間、相当なプレッシャーを受け、大きなストレスを抱えていたことでしょう。百数十年前の先人たち(日米共に)のご苦労に頭の下がる思いがします。上下巻を通して、大変興味深い著作でした。その他感じたことをいくつか記します。・まずその序章が圧巻です。日本に来る前に徹底的に日本の事を研究しています。相手を十分に研究することで優位に立てるものです。また、アメリカの日本訪問は全世界(西欧各国)に発表された上でのことであったというのは知りませんでした。ですから、西欧各国は「アメリカのお手並み拝見」とでもいった様子でみていたようです。蒸気船に驚いたのは江戸市民だけで、幕府はオランダ経由で情報をそれなりに得ていたでしょう。・シーボルトの著作は評価しながらも、その人格を難詰しているのは興味深いところです。ポルトガル、オランダ、イギリスも非難しています。・ペリーの交渉姿勢は高圧的で恫喝のようと非難もされますが、当時の状況から考えると、それも次善の策として容認されるべき面もあったかもしれません。「こちらが開国をお願いするのだから」、とペリーが上品に下手に出ていたら日本は永遠に開国は出来なかったでしょう。清がイギリスからアヘン戦争を仕掛けられ、壊滅的状況に追い込まれている中で、独立戦争を勝ち抜いて意気上がる新興国家アメリカと交渉できたことは、日本にとっては幸運だったかもしれません。アメリカは日本を植民地にしようという考えは無かったようですから。大統領フィルモアの親書の一節には思わずうなってしまいます。「・・・・われわれは、陛下の政府の古い法律が、中国とオランダ以外の外国との貿易を許さないことは知っている。しかし、世界の情勢は変化し、数々の新しい政府が形成されているとき、時勢に応じて新しい法律を定めることが賢明と思われる。陛下の政府の古来の法律といえども、初めて制定された時代があったのである。・・・・」と。・同行した数名の画家たちの絵が素晴らしく、当時の日本の情景を的確に表現しています。・ペリーがアメリカを発った1852年は、私が生まれるわずか100年前です。日本開国後の変動は、何と速く激しいものであったかとの思いを新たにします。・日本語訳が素晴らしいです。齟齬をきたしているところはありません。敬意を表します。
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